小布施のジャズ喫茶 BUD

♪日々好音の米蔵空間で薫り高い神戸萩原の炭火焙煎コーヒーを♪

2011年07月

困ったもんですねえ

『困ったもんだねえ』などと一人ため息と共につぶやき、『どうしようもないなあ』と半ば諦め、『政治家なんて誰も信用できない』と怒る。このような堂々巡りが日々くり返される日本の現状。戦後日本が勝ち誇ったように造ったビルから、今コンクリートが毎日ボロボロと剥がれ墜ちている。かってそこにあった夢や希望は地上に落ちてあとかたもない。新しい夢や希望をいれたビルを創らなければいけないのだが、それが見つからない。経済とお金に集約された夢と希望に代わるものを見つけることは出来ないかもしれないけど、大方の日本人の価値観が相変わらず経済とお金一辺倒じゃね。経済とお金はそこそこにして、本物の幸せと豊かさを実感できる新しい価値観と人生観を日本人が獲得し、新しい日本文明を創造することができたら、こんなすばらしいことはないですね。

写真家 高木こずえさん

写真家の高木こずえさんが来られた。
松本市美術館で開催中の写真展『土門拳の昭和』に対談者として8月7日(日)に出るとの知らせと入場券をいただきました。僕は店があるので行けませんが、興味のある方はお出かけ下さい。
詳細は下記をクリックしてください。
http://www.city.matsumoto.nagano.jp/artmuse/p3/p3-html/p3-kikaku03.html
来られたときは写真を撮らせてもらうのですが、今日はお母さんとご一緒で遠慮しました。
チャーミングな彼女の写真をアップしたいのですが・・・
それは許可を得てからにしたいと思います。


カメラを向けると旅気分

折りたたみ自転車の修理が出来たので、須坂から長電に乗って長野市役所前下車歩いて10分、七瀬のトドロキサイクルまで引き取りに行きました。帰りは自転車で国道を避け、途中僅かに残る水田の用水沿いを走り、暑く強い夏の陽射しにわきあがる雲を遠くに、車では眺められない風景を楽しみながら、1時間ほどで須坂に到着しました。

見慣れた風景も見知らぬ路地も、カメラを向けると旅気分になるから不思議です。
◇須坂駅のホームで。
DSCN0700


◇七瀬の路地で。
DSCN0707

「なでしこジャパン」記者会見

テレビ中継の「なでしこジャパン」記者会見をみました。協会幹部、監督、主将、そして全員のコメントを聞いていて感じたことは、みんないい顔で話す言葉遣いに無駄なく余計も無く、適切かつ簡潔で大変気持ちのよいものでした。破天荒な偉業を成し遂げた気負いもなく、気持ちのままに自分の言葉で話す「なでしこ」たちの口調は、なんと一人一人がしっかりとした「おとなのおとめ」であったことか。「和」とは従順に忍従し忍耐を強いられるものではなく、自立した一人一人が自分の役割を自覚し、その全員が信頼の下に手をつなぐ「輪」を作らないと、「和」という総力を発揮するチームは出来上がらないと、そう教えられたように思いました。日本の土壌から、このチームが持っている今までにない質の高い気持ちの良さはが生まれてきたことに、この「なでしこの和」という希望種がしっかりと根付いて、日本のタテ社会が少しづつ変容していくのではないかという、淡い期待を込めた予感さえ懐きました。最も多く出てきた「感謝」の言葉。成果を上げた自分を支えてくれた人々に捧げたこの言葉に込められた謙虚さとけなげさ。組織は嘘偽り無き本音の「感謝」を持たなければ、優秀という傲慢な頭だけの心のないものとなってしまう。上目線の感謝要求組織になってしまう。それはハッピーを産まない。

エンパイア・ステートビル

NYのエンパイアステーテビルは、アメリカを象徴するビルの一つ、というか代表だと思うんですが。
なんとその上部に日の丸をイメージしたライトアップが、「なでしこ」の優勝を称えるために行われた。しかも世界一を争ったのはアメリカだというのに。こんな芸当をする、出来る国は他にあるでしょうか。いかに同盟国とはいえね。立場を反対に考えてみれば、日本でそのようなことが出来るか?そう思ってしまいます。この懐の深さがアメリカの魅力。親密感を懐き引かれる原因とも理由にもなっているのではないでしょうか。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110716/t10014255771000.htmlhttp://www3.nhk.or.jp/news/html/20110716/t10014255771000.html


寺久保エレナのライブ

今早朝は「なでしこジャパン」の優勝に興奮そして感動しましたが、今夜は「日本ジャズ界のナデシコ」寺久保エレナのライブです。ということで、長野のバックドロップに聴きに行ってきました。店を早く閉めて、イソイソと(ハハハ)、暑い夜を忘れさせてくれるような熱いジャズを期待してね。そういえば、ジャズもサッカー同様、女性の活躍が目立ちます。いいことですねえ、女性が元気でイキイキと活躍している分野は、とにかく面白いし間違いなく日本を元気にしてくれていますからね。

今宵のメンバー
寺久保エレナ アルトサックス
大林武司 ピアノ
井上陽介 ベ-ス
マーク・ホイットフィールドJr ドラムス

さて、演奏は・・・。温かく見守ってあげようではないですか、ね。まだ若い、若い女性であるが故にどうしたって実力以上に人気が先行しがちなのは無理ないことですからね。
今が蕾なら、2,3年後にもう一度ライブを聴いてみたいと思います。
その時、本物の「ナデシコ」なら、聴きにきた人を興奮させ感動させられることでしょう。

 

金メダル「なでしこジャパン」

おめでとう!「なでしこジャパン」優勝!金メダル!

ワールドカップでの世界一!

信じられないことをやってくれました。

その瞬間、やったー!とテレビの前で叫んでしまった。

おめでとう、おめでとう。何回でも「おめでとう!」

涙をこえた笑顔の優勝には真の強さがあった。

勝因、それは澤主将の一言に尽きます。

“We ran and ran,”
Homare Sawa, the Japanese captain, said.
“We were exhausted, but we kept running.”

                             ~NYタイムスより ~


「なでしこジャパン」の活躍

「なでしこジャパン」の活躍には本当にビックリ、毎試合の戦いぶりは心底オドロキの連続です。このチームの活躍で思い出されるが「東洋の魔女」と呼ばれたバレーボールの日紡貝塚チーム。1964年(昭和39年)の東京オリンピックでもほとんどの日本代表を輩出し金メダル獲得に大きな貢献をしました。以来47年を経た今、手業は足技に変わり、日本経済の上昇は下降に変じていますが、いずれも日本の社会と経済が大きく変動する、歴史の転換点ともいうべき時を同じくして現れた二つのチームに、日本女性には神風を吹かす底力があるように思うのは思い過ぎ(笑)でしょうか。だって神代には天照大神が、そして持統女帝は藤原不比等と二人三脚で日本の国に天皇制の基礎を強固なものにした、それはそれは強~い女性だったではありませんか。
ひるがえって、今日の日本男児はなんていうザマか、潔い見上げたヤツはどこにもいない。指導者面して人のあら探し、責任のなすり合い、言い訳の裏で金(利権)の奪い合いに明け暮れている。それにしても、有能な女性の指導者が政官財にあまりにも少ない日本。それが今日の日本の体たらくを引き起こしている大きな一因であることはどうやら間違いないようですね。緒方貞子さんのような豪傑は男女問わずそう出るものではありませんが、これからの日本を救えるのは、第2第3の緒方さんだといっても、あながち間違ってはいないような気がします。金ではない名誉のために、自身と支えてくれる人の為に奮闘努力し戦う「なでしこジャパン」に惜しみない声援を送りたい。アメリカとの優勝を賭けた一戦に。勝ち負けを超えて自分を出し切って戦ってほしい。ガンバレなでしこ。

小布施見にマラソン

第九回小布施見にマラソンは参加者が8,000人。
http://www.obusemarathon.jp/
曇りがちだった早朝の涼しさもどこへやら、スタートの7時を過ぎると強い陽射しに気温は上がるばかり、これでは倒れるランナーもあるのでは、そう思っていたところ大会は10時に中止となりました。毎年参加し、走り終えてバドに参集される皆さんも、今年は早々と元気に戻ってこられました。穀平の小山社長も炎天下、まさに「炎のゴミ拾いランナー」としてボランティア参加。

DSCN0666

DSCN0659

DSCN0672

DSCN0683


バド・パウエル

バド・パウエル(Earl Rudolph "Bud" Powell, 1924年9月27日 - 1966年7月31日)


バド・パウエルの演奏を聴くと、曰く言い難い想いを懐きます。それはとらえどころがない、受け止められないもどかしさが常につきまとうからです。バド・パウエルが演奏した音楽は空中に漂い、自分の中に入ってこないうちに消えていく。僕が感じているもどかしさはそうしたものです。
ハッと時めいた瞬間に消えてしまう流れ星のように。美しかったその残響だけが短く空間に音霊(コダマ)する。そんなバド・パウエルを人はどう聴いて感じ言葉にしているのか・・・・・。

◇先ずはマイルスから。
1944年頃、『ミントンズ』に出入りするミュージシャンについて、「ほとんどの黒人ミュージシャンは音楽理論を知らない。バド・パウエルはすばらしいピアノが弾けて、楽譜も読めて作曲も出来る、オレの知っている限りでは数少ない一人だった」
バドとモンクについて「モンクはバドのように早く弾かなかったから、バドの方が上手だという奴もいる。だが、それは大きな間違いだ。二人ともものすごくヒップだったし、ただスタイルが違っただけだ。バドはアート・テイタムみたいに弾いた。モンクはエリントンのストライド・ピアノみたいな奏法が気に入っていたんだ。それでも、バドの奏法のなかにモンクのスタイルが聴き取れる」
ショック療法の前と後「46年バドはNYのベルビュー病院の精神病棟に入れられ、狂人だと診断され、ショック療法を受けさせられた。入る前は、演奏のすべてに際立ったところがあった。ほかの人と違う、何かがあった。ショック療法後は、人間としてもミュージシャンとしても、もう別人だった。それでも弾いてくれよと頼むと、すばらしい演奏をしたものだ。具合が悪くなってからも、彼はまさにピアノのサラブレッドのようだった。自分には出来ないことなどと考えたこともないから、具合が悪くなってからも弾こうとしたんだ。だがどんなすばらしい演奏でも、決して前と同じじゃなかった。バドは、どう演奏するかなんて考えない天才肌のミュージシャンだったから、少なくとも頭の中では、その違いに気づいていなかったんだ。バードもそうだった。バードとバドは、オレの知ってる限りじゃ、この世でたった二人の類い希なミュージシャンだった」
~「M・デイヴィス自叙伝」中山康樹訳より~
◆頭のいい人は記憶力がいいんですね。マイルスの話は面白さにおいて群を抜いています。バドをサラブレッドに喩えていますね。日本語で言えば、さしずめ神馬ならずとも天馬というところでしょうか。どちらでも同じことかな。

◇粟村政昭氏は。
「ジャズ・ピアノの大きな二つの流れ、オーケストラ的奏法(ジェームス・P・ジョンソン~ファッツ・ウォーラー~アート・テイタムに代表される系譜と、アール・ハインズを始祖とするホーン的奏法がある。40年代に入り、ホーン的奏法を徹底的に演繹拡大し、ソロ楽器としての新しい生命を吹き込んだのがバド・パウエルだった。
パウエルのプレイには音量の不揃い、ミス・タッチがあるものの、その真価は完全無欠に弾き鳴らすことではなく、快速調の演奏から生まれる疾風のごときスリルや、スロー・ナンバーに聞かれる情緒纏綿たる浪漫の世界が、常人のイマジネーションを遙かに超えて地点で織りなされて行くことへの驚愕にあったのである。
53年以降のパウエルの演奏は、神の座を降りた人のそれに変貌してしまい、二度と再びかっての人智をを遠く離れた閃きを取り戻すことなしに終わった。
勿論それでもなお、53年以降のバド・パウエルが他の凡百のピアニストを遙かに圧する巨大な存在であったのは事実である。
~ルースト「バド・パウエルの芸術」73年日本コロンビア盤のライナー・ノートより~
◆すべての音楽の神髄はスロー・ナンバーにあり。と思いますが・・どうでしょう。

◇ビル・エヴァンスの言葉
「もしも私が、その芸術の完全さとその創造物の比類なき独創性においてのみならず、その作品の偉大さにおいても、ただ一人の芸術家を選ばねばならないとしたら、それはバド・パウエルになるだろう。だれも、彼の足元におよばない」
~79年11月26日パリ、エスパス・カルダンでのコンサート後に~
「バド・パウエルはなにもかも持っているんだ。だからといって彼を全部取り入れようとは思わない。バドのレコードに合わせて、真似をしながら演奏しようなんて思わないんだ。それだったらレコードを聴いて、そのエッセンスを吸収できるように頑張って、他のことに適用しようとする方がいい」
~ピーター・ペッティンガー著「ビル・エヴァンス」相川京子訳より~
◆まねできないものを吸収することより難しいことはないですよね。

◇ビリー・テイラー
「バド・パウエルはビバップの神髄を極めたピアニストだった。彼はガレスピーやパーカーが開発した原理を自分の様式に導入した。彼の様式のルーツは、ファッツ・ウォーラー、アート・テイタムらの演奏にあった。彼のピアニストとしての技はすばらしかった。ガレスピーやパーカーは、ビバップのインプロヴィゼーションに音楽としての強さを感じさせるが、パウエルのピアノにもそれに匹敵する強さがあった」
~ビリー・テイラー著「ジャズ・ピアノの歴史」古屋直巳訳より~
◆みんな走っていたんだ、全速力で。マグマが流れる中を。

◇ヨアヒム・ベーレント
「バド・パウエルの演奏は、深い彫りのあとを残して天空にそびえる金属像を思わせる。バド・パウエルは、ロマンチストでもある。その作『グラス・エンクロージュア』やバラード演奏『ポルカドットとムーンビーム』はシューマンの『子供の情景』を思わせる。バドの場合、ホーン的スタイルのきびしさと、ロマンチックな感受性の間には一種の溝がある。バド・パウエルの悲劇はこの二つの融合し得ない二面性から起こったのではないだろうか」
「アート・テイタムがテクニシャンだとすれば、バド・パウエルはスタイリストである。テイタムが示したピアノ奏法は、余人の追随を許さぬほど高度のものであるが、バド・パウエルは一流派をあみだした」
~ベーレント著「ジャズ ニューオリンズからフリーまで」油井正一訳
◆一番わかりづらい、ぴんとこなかったなあ。

まだまだ傾聴に値するする貴重な証言や見解がきっと沢山あるに違いない。それらに出会ったときは、あらためて追加してご紹介していきたいと思います。

記事検索