小布施のジャズ喫茶 BUD

♪日々好音の米蔵空間で薫り高い神戸萩原の炭火焙煎コーヒーを♪

2015年01月

ギレリスのベートーヴェン「ピアノ・ソナタ」

ながら聴きしていて伝わってくる心地良さ。
そうした気持ちのいい音がいい音楽。
音符が読めない音楽愛好家が音楽に親しむ
気が置けない楽しみ方とはそうしたものだ。
何かを判断しなければならないといった分別は気が重い。
良否優劣を離れたところにある心地よさを楽しもう。
というわけで響いてきたのはギレリスのベートーヴェン。
「ピアノ・ソナタ」
一枚のCDに16・17・18の3曲が収収録されている。
その17番が心に響く。
抑制された感情だが冷たくも乾くこともないデリカシーを奏でる。
 

オーディオで一番大切なこと

レコードを再生する為のオーディオで一番大切なこと。
スピーカー?いや違います。
カートリッジ?いや違います。
アンプ?いや違います。
これらの機器による再生装置の品質より大事なもの。
それはレコードそのものに入っている音質。
レコード盤の音質の良否は、
圧倒的に機器の良否を超えます。
それこそがオーディオの原点なのです。
最良の再生音、その一歩は最良(最愛)のレコードから始まります。

朝比奈克文作陶展 2015 小皿展


IMG_0001

IMG_0044


IMG_0041

IMG

柳宗悦著「心偈」から

偈とは仏の徳や教えをほめたたえた韻文。
頌(げじゅ)歎仏頌(たんぶつじゅ)讃仏偈(さんぶつげ)などともいう。

柳宗悦は晩年の心境を短く つづった文を
心偈となづけた。
心偈と書いて「こころうた」三十五にある文から。

吾々の不幸の大部分は報酬を予期することに由来しよう。
凡ての怨恨も後悔も、闘争も苦悩も、利己心にもとづくためである。
報いを持たぬとは、己を去ることである。
心にこの用意があれば、幸福は確約される。
何故なら、何事も感謝の念に転じてくるからである。
一切の不平は利己心による。
利己心とは報酬への期待である。

利己心を持たない私心を去った心で観る世界はどのように映ずるものか。

 

「日米地位協定入門」を読む

オモシロイ、とんでもなくオモシロイ。
敗戦後、「トンデモナイクニ」日本がどのように作られたか。
コソコソと秘密裏にクモの巣に絡め取られていく様子が
手に取るように伝わってくる。
屈辱的に、協力的に。
それは日本が進んで自らの手で売国し、
日本をトンデモナイクニ、オソマツナクニにした
ということを忘れず自覚したほうがよい。
条約や協定、そして密約といった法律がどういうものか。
その効力たるやアメリカの強欲絶大なパワーに圧倒される。
いったいどこまで日本はアメリカに追随従属していくのか、
させられていくのか、謀略を使った戦略によって日本を支配していく。
そうだったんだ、「日米地位協定」という法律によって
日本は完全にアメリカの植民地的属国になっている。
日本は経済と軍事でアメリカ国益のために使役させられる国になっている。
アメリカにすり寄らなければ政権を維持できない政治家と官僚の保身。
この現実を知らないで日本の政治の何をか語らんや。
自身よくも今まで知らぬが仏できたものだとあきれるばかり。
それにしても日本人は勤勉素直礼儀正しいのだが、
そのときの支配者の権力にたやすく屈服忍従従属しやすい。
これを失ったら日本人でなくなるという、命に替えても守ろうとする
民族固有の魂、精神的支柱を持たなかった、持つ契機がなかった、
持つ必要がなかった民族のようだ。
それもそのはずという一端は支配者の精神が高貴でなかったこと。
地位だけが高貴で犠牲は圧政によって強権的に被支配者に負わせたことだ。
国の存亡に際し、自らが責任を負い犠牲になることによって国全体を救い守る、
真の高貴さを示す(民族固有の魂、精神的支柱になりうる)
支配者(国父)が歴史上に現れなかったことにもあるのではないか。

今も続くアメリカ軍による日本占領体制。
アメリカは無謀な戦争を仕掛けた日本軍の真珠湾攻撃を
決して忘れずにいる。
アメリカにとって日本は今も敵国扱いなのだ。
その現実が「日米地位協定」。
それは紛れもないアメリカ軍の治外法権に反映されている。
事あれば「身の程知らずのジャップめ」となる。

人権無視被害から生じる影響は命、健康、尊厳に止まらず、
財産や環境をも破壊する。
それは往々にして、自分が生きている社会の現状や歴史に無頓着、
無関心でいることの無知から発生している。

「日米地位協定入門」前泊博盛編著 創元社

映画「望郷の鐘」

長野市権堂の相生座で「望郷の鐘」を観た。
キーワードは戦争で犠牲になる人々。
映画館で映画を観るのは久しぶり。
もう何回観たい映画を見逃してきたことか。
行けなかった理由は思い出せない。
とにかくサッと動かなかったことは間違いない。
そういうエネルギーが少なくなってしまったことはたしか。
それにめげず観たいものは奮って観るようにしたいと思う。
というのが今日のちょっとした反省。
映画はおもしろかった。
山本慈昭を演じた内藤剛志の演技はとてもよかった。
満州へ開拓団に行った人たちに共通する気持ちには、
国はウソをついて自分たちをだました。という強い感情が残った。
厚生省(国)は自分たちの意志で行ったので責任はないという。
敗戦濃厚の3ケ月前にシベリヤとの国境にある土地へと
向かわせたのだから、国に責任がないというのは実に寒々しい。
現地に着いてみれば戦況不利で関東軍は撤退していた。
その最中に満州開拓団は出発して行ったのだ。
しかもその土地は関東軍が満州人から武力で取り上げたもの。
関東軍は開拓団を置き去りにして見殺し同然で戦線放棄したのだ。
天皇の軍隊であって国民の軍隊ではないことのあからさまな行動。
今、有事(アメリカが認めた)に際し日本が戦争に巻き込まれれば(集団的自衛権の行使)
自衛隊はアメリカ軍の指揮下に入る。
そこではアメリカの国益が第一義に優先される。
それは日本を原爆実験したアメリカの今も続く日本に対する占領戦略
(日本をロシアと中国との戦争の防波堤にすること)の一環なのだ。
そして忘れてはならないのは日本の経済力はアメリカの脅威、敵であることだ。
強い日本の産業経済の競争力を削ぐことにもアメリカは強引だ。
アメリカの世界戦略の大略はそのようなものではないのか。
しかし、日本がより良く生きていくための歩む道は対米追随従属し、
日米軍事同盟に深く強く傾斜するしかないのだろうか。
それはアメリカの利害と安全が絡む戦場へ日本は無理やり引き込まれることになるだろう。
何としても日本は戦争をしない国にしなければいけないと思う。
戦争は常に強欲な金持ちのためにあって貧しい人が犠牲になるのだから。
日本人は平和の民でありたい。 
それが歴史の教訓だと思う。 

読書の楽しみ

人生はいくつになっても新しいことが待ち受けている。
人は沢山のセンサーで新しい情報をキャッチし、
時折ハットするような驚きの感動に出会う。
自分にとって (こそ)大事だと思える、そうした自分にとっての
新事実、自分にとっての新発見は、今までのものの見方を
がらりと革める意識の更新作用をもたらしてくれことだってある。
そんな経験は今を生きる自分の人生を楽しくしてくれる。
読書はそうした経験の一つとしてかけがいのないものだ。
こんなことも知らなかったのかという無知こそが、知った驚きと感動と、
知ることの楽しみ、そして生きている喜びへとつながっていく。
敗戦後70年、知らなかった戦後史の史実ほど面白く興味深いものはない。
と、いま思い知らされている。
好奇心旺盛にして直感と洞察力優れた鋭敏な知性が、情報公開された
アメリカ公文書等を探査して内容をまとめた本が出版されている。
これらを読むと歴史は今を生きる人生の足下を照らす法灯だと気が付く。
それは明日に思いを巡らす道標ともなろう。
創元社の「戦後史再発見」双書はそうした希有な本だとおもう。

 

2015年賀状

IMG

すこやかに新春をお迎えのことと思います。

昨年は日本各地に火山地震列島ならではの災害がありました。

地球規模で地殻変動が活動期に入っているとの観測がある中、

大地震に備えるよう情報が度々発せられています。

このような状況にもかかわらず原発が再稼働に向けて着々と準備されていること

は、憂うべき狂気の沙汰としかいいようがありません。

勝った勝ったまた勝ったといっていた戦争に敗れ、

今もなおアメリカ軍の占領状態にあり敗戦は続いています。 

安全安全大丈夫と言っていた原発は事故を起こし、大量の放射能を

まき散らしながら回復なき汚染と健康被害は広がり続け、メルトダウンした

原子炉は危機を拡散しながら収束のめどは全くたっていません。

美しく豊かな国土と海をもつ日本をいつまでこんな危険な目にさらしておくのでしょう。

私たち日本人は大きな過ちを犯していることに気がついていないのではないか。

その結果が恐ろしくてなりません。

そうならないために何を為せばいいのか・・・。

今はただ平和と健康を祈り、

新たな原発事故が起きないことを願うのみです。
 
記事検索