小布施のジャズ喫茶 BUD

♪日々好音の米蔵空間で薫り高い神戸萩原の炭火焙煎コーヒーを♪

2015年05月

沼ノ原湿原

今年も沼ノ原湿原ハイキングに行ってきた。
http://www.shinshu-tabi.com/madarao5.html
晴天、絶好のハイキング日和。
白樺の若葉は風に揺られ、キラキラと陽に照り返り輝いている。
気温は20度ぐらいだろうか、熱い日射しもそよ風が消してくれ、
なだらかなアップダウンの山道も汗かくことなく快適。
水芭蕉と新緑は丁度見頃、花は雪解けの流れに沿うよう咲いている。
それにしても、日本の山懐はなんと深く豊かで美しいことか。
青くすんだ空の下には山肌を覆う鮮やかな新緑のグラデーション。
どんなに見ても見飽きない美しさを秘めている。
木道脇を流れる雪解けの清流はいたるところに、
白い水芭蕉と黄色いリュウキンカ を咲かせる。
せせらぎの音は鳥の声とともに歩く心を弾ませる。
沼ノ原のようにほどよく整備された日本の自然こそ、
子孫に残したい宝であり世界に誇れる自然遺産だと思う。
地方創世の取って置き資産として大事に活用すればこれ以上のものはない。
内外の自然志向遊び大好きの達人たちの知恵をこの自然資産に投入すれば、
素晴らしいプランが次々と案出され、それを世界に発信していけばいい。
地方にある豊かな自然と人間味残る田舎こそ癒やしと活力の素なのだから。

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連休終わりました

善光寺ご開帳と北陸新幹線金沢開通で
観光客が増え賑わった長野と金沢。
新潟と福井から来られた方は隣県だけに羨望をまじえ、
置いてきぼりになってしまった現状を半ば諦め、
さみしげに嘆いていました。
地方創世は観光が大きな役割となりそう。

好天に恵まれた今年の連休。
昨日は小雨混じりの曇天、
最終日の今日は晴天となったが北西の風強く、
長袖のダウンを着ている人もいて、
この二日は新緑冷え(?)の低温で肌寒かった。
明日の天気予報は気温が夏日になり、
汗ばむ初夏の暑さと半袖姿が復活しそうだ。
バタバタとした連休後は又平常の日々がはじまる。
箱根大涌谷の火山活動が気になる。
富士山への連動も有り得ないことではない。 

コレクターのサガ

性なんていうとちいといかがわしいのでサガ。
ということで、レコードコレクターの端くれとして、
音の良いレコードはないかと日々インターネット上をウロツイテいる。
フィールドはジャズとクラシックなのだが・・最近はとみにクラシック。
それというのも、ここ数年でジャズのオリジナル盤はめっきり少なくなってしまったからだ。
見かけたとしても盤質にもよるけど値が高くなりすぎてしまった。
元々クラシックも好きだっから両方聴いていたのだけれど、
特に熱心なクラシックファンというわけではなかった。
それがどういう風の吹き回しか、自分では歳のせいだと思っているのだが、
このところクラシックを聴く時間がとても増えている。
それが顕著になったきっかけは、メロディヤレーベルのレコードで
今まで全く識らなかったロシアの演奏家に出会ってからだ。
ピアノが好きだからリヒテル、ソフロニツキー、マリア・ユーディナ、
フェインベルグ、ギレリスなどそのほかにも次から次に聴きたい演奏家がいて、
ヴァイオリンではダヴィット・オイストラフとレオニード・コーガンは
つとに広く知られているが、ヴィクトル・ ピカイゼンや
ユリアン・シトコヴェツキーを
知る人は多くはあるまい。たとい先の二人に卓とも劣らないとしても。
それら多くの演奏家に出会い聴くことを通じて、
ロシアは音楽芸術になんと優れた国であることか!と、
目を見張る思いで賛嘆の念を禁じ得なかった。
さらに、その演奏を記録したロシアのレコード、メロディヤの音質
(一言で言えば虚飾を排した抜けのよい音)にも耳を奪われてしまった。
なかんずく、トーチとか灯台マークの音は抜けが格段に良い。
そんなこんで、コレクターもただ闇雲にその枚数を増やしている積もりではないのだが、
いかんせん時間には限りがあるので、キチンと聴く間もなく次々と増えていってしまう。
人から見ればアホらしくもまたオロカしくも見えようが、このショウコリのなさこそ
コレクターである所以なのだら仕方がない。
しかし何事にも限度があることを知らねば、その先は死蔵になりかねない。
やはり、聴いてナンボのレコードなのだから。
何か良いものはないか症候群のコレクターは、探す楽しみとそれを買い求めることが、
何よりもの喜びであることを知っているのだけれど、度を超した習慣は中毒になる。
そんな患者になれば、もはや音楽ファンとはいえなくなってしまうだろう。

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