小布施のジャズ喫茶 BUD

♪日々好音の米蔵空間で薫り高い神戸萩原の炭火焙煎コーヒーを♪

2018年01月

『蓄音機音楽会』~SPレコードコンサート~第1回

『蓄音機音楽会』
~SPレコードコンサート~
第1回
ジャズ『ブルーノート』
記念すべき最初のブルーノート盤は1939年(昭和14年)1月6日
ミード・ルクス・ルイスのソロピアノ8曲、アルバート・アモンズのピアノソロ9曲
2人のデュエット2曲の計19曲のレコーディングから始まりました。
第1回発売は19曲の中から4曲、片面5分の12インチSP盤BN-1とBN-2だった。

演奏レコード
BN-1 ミード・ルクス・ルイス 1-A 『メランコリー』/1-B『ソリチュード』
BN-2  アルバート・アモンズ 2-A『ブグウギ・ストンプ』/ 2-B『ブギウギ・ブルース』
その他

bluenoteSPコントラスト補正





使用する蓄音機
米国ヴィクター社ヴィクトローラVV-8-9  1928年製
英国グラムフォン社HMV157 1928年頃製

◎入場無料 定員20名 要ご予約

日時 2018年2月18日(日) 午後5時30分~6時30分
場所 小布施 coffee&jazz BUD(バド)026-251-4033

主催 『le son』SPの会

  
 

音を聴く「tone sense」

普段Mさんとお呼びしているその人は、
オーディオでいざ困ったときお世話になる、
掛かり付けの医者のようなオーディオドクターです。
ドクターの役割は正確な診断と処置 による回復作業。 
信頼されるには技術や経験はもちろんですが、大事なのは見識です。
Mさんを信頼する理由はそこにあります。

さて、音楽をどんな聴き方で聴いているかというと、
それはそれ人様々ですが、僕が聴いているのは演奏家の音。
僕にとって音楽を聴くという行為は、音楽の全てに
演奏家が出しているtone senseを『聴く』ことです。
いい演奏はtone senseの共有にあります。
オーディオのサウンドクオリティは、
tone sensenをより良く反映していることが基本で、
それ以上のサウンドクオリティを『聞き』たい気持ちはあまりありません。

いつだったか演奏家のtone sense 、その波長を感知するセンスについて、
Mさんと同じ思いでやりとりしたことを憶えています。



音を聴く「耳利き」

この器なかなか良いね。
あなたって目利きね。

この演奏とても良いね。
あなたって耳利きね。
ん、いや左利きだよ。 

目利きというのは審美眼 (美を識別する能力)を持っている人。
その能力をさらに高め確かな審美眼を身につけるために、
「本物をたくさん見なさい」とはよく言われること。
 
そもそも「美とは」何かと問われれば、
お金や優劣とは無縁のところにある「豊かさ」だと思う。 
人はそれぞれ独自の鋭い感覚を誰も持っているものだ。
それは音楽だったり料理や美術に対してだったりする。
感覚という収集器で日々集められたら情報の集積という経験を通し、
審美眼は信じられる能力になっていく。
このようにして美を内に感じられるようになることが、
人の内面を豊かにするのじゃないだろうか。 

いい音楽をたくさん聴いて「キキモノ」になりましょう。
 

音を聴く『今年も』いい音楽を

ジャズ喫茶をやっているからといって、
ジャズばかり聴いているわけではありません。
いいなあと感じ、面白いなあと思うものは何でもござれです。
僕はコルトレーン世代、その時分は分かろうが分かるまいが、
したがって分からないまま、しゃにむにひたすら
ジャズなるものに向かい合っていました。
1965年から1975年頃までのことです。
分からないながらも50年以上聴き続けてきたのは自分でも不思議です。
どこか心にある空白を他ではないジャズで埋めていたのかもしれません。
しかし、年を取り最近は若い頃聴かなかったものを聴くようになりました。

それはまず老若問わず未知なる分野への好奇心から始まるものです。
若い頃は今様に夢中になるのが成り行きというものですが、
年を取ると今様は自然と離れこちらに近づいてきません。
そこに年取った好奇心の空白は年代を遡り、
歴史と伝統を猟歩し始めるのです。
さあ、1940年代から30年、さらの20年代へ。
心浮き立ついい音楽を聴きに行きましょう。



今年もよろしくお願いいたします

旧年中は大変ありがとうございました。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

今年はSPレコードによる『蓄音機音楽会』を企画します。
どうぞご期待ください。 

今年の字『北』

今年の字は『北』か。
それってアカラサマでオモシロくもナントもない。
想像力がフリーズしている。
ユーモアの ユの字もカンジられない。
『北』って北朝鮮のことでしょ。
そのどこが今年の字になってしまうのか?
安部政権がやたらに鳴らすアラートを字にしているだけじゃないの。
いやいや深読みしてみると、
国民に
『背』を向けて人権(個人)軽視憲法を目論んでいる安倍のことかも。
そうだとしても『北』はどうにも寒々しい。
それならいっそのこと『来』っていうのはいかがでしょう。
ミサイルが『来』
国家破産が『来』
いずれにしても不安が付きまとう心理現象に変わりはありませんね。
それを払拭できないどころか煽っている無為無策無責任社会日本。
こういう時こそ、あるべき姿を映す 『字』を選んでもらいたかったね。
しかし、それで国民が同じ方だけしか見ないことになるのもなんだなあ。
やっぱり頼るのは自分自身てことか。
それには勉強して判断力を付けるしかないけど、
それが一番健全かもね。


 
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