小布施のジャズ喫茶 BUD

♪日々好音の米蔵空間で薫り高い神戸萩原の炭火焙煎コーヒーを♪

音楽

音のいいポータブルCDプレイヤー(PCDP)

音のいいポータブルCDプレイヤー(PCDP)にハマッた!
コトは蓄音機(HMV)にソガフォンを付け、
https://www.youtube.com/watch?v=wIbfSc4ey8U
デジタルアンプでPCDPを使って主に(SPの復刻)CDを
聴いたことに始まる。
コンセントからの電気を必要としない蓄音機と
乾電池で駆動するPCDPはどこでも簡単に鳴らせる!
この利便性もさることながら、SPの音をCDでソガフォンを通して、
1時間近くも面倒なく(SP盤は3分でしかも針交換)、
蓄音機の音で楽しめるのは大きな喜びだった。
そこで、使用するPCDPの音質が問題になった。
先ず聞かされたのは2000年を境にして、
その頃より前のもののほうが音がいいということ。
さらに四角張った形状のものは、さらにいいということ
も教えてもらった。
ならば、それを求めずにおられましょうや!
しかし、今もちゃんとなるものはあるのか?
なにしろ15年以上も前の製品なのだから。
それでも頑張って?幾つか見つけ買うことができた。
果たしてその音やいかに・・・それは続編で。

機種選定するに当たっては『
スタフ屋 ポータブルCDプレーヤー関係
http://www.sutafuya.net/pcdptop.html
が大変参考になりました。
この場を借りて運営者の右京崇さんに御礼申し上げます。
 

新しい楽しさ HMV102+ソガフォン

曽我さんがソガフォンを取り付けに来られた。
ソガフォンはUチューブに多数の投稿があって、
その内容と音が聞けるということは知っていたが、
今日まで敢えて見ず聞かずにおいた。
何しろ本人がおいでになるのだから予見予断は控えて、
驚くならアッとオドロイテみたかった。
百聞は一見にしかずだし、百見は一聞にしかずを体験しようと待ち望んだ。
そして聴いてみると、そういうことが実際起こった。
あたかもそこに演奏家が立ち現れたようにきこえる。
HMV102はソガフォンからの音を楽器として鳴らしたのだ。
大変豊かなニュアンスを再現する秘密は音道の構造と材質。
ヴァイオリンの音が出てくる箱をじっと見つめていると、
箱はまさしくヴァイオリンそのもののように思えてくる。

1920~30年代のSP音源をCDにした音がソガフォンを経由し
HMVから出てくると、CDの音ではなくSPの音になって出てくる。
しかも単にSPの古めかしい音ではなく、今そこで演奏している
現代の演奏音として蘇ってきこえる。
演奏者が過去からやってくるのか、
聴いてるものが過去へ遡るのか、
刻を超えて奏者と聴者が一体になる。

HMV102の製造は1931年~1958年。
蓄音機のベストセラーであり名器として今なお愛し続けられている。
面白いことに'40年代以降の新しい録音のSPよりも、
古い録音のSPのほうが生々しく鳴る。
このことは、オーディオのハイファイとは何かを示唆しているように思う。
つまり、ハイファイとはレコードやCDに入っている音源の忠実再生なのだが、
その時代の録音はその時代の装置が最も忠実に再現するということを、
このHMV102は如実に物語っている。
SP原盤ではなく、復刻したCDでSPの忠実度(ハイファイ)再生ができるソガフォンは、
新しく音楽の楽しみ方を切り開いて見せた画期的な製品として、
音楽ファンになによりもの贈り物です。

 

ブルースとは

ジャズといえばスウィングとブルースは切っても切れない。
ジャズはアメリカが生んだ世界に誇る最高の文化芸術であり、
世界中の人々から愛され、尊敬される音楽になったのは、
そこにブルースの魂があったからだと思う。
『黒人の魂といえるブルース』なくして、
ジャズは世界のジャズにはならなかっただろう。
では、そもそも 『ブルースとは』なんだろう。
ジャズが世界中に広まりポプュラーになって、
ブルースは黒人特有の資質によって生みだされる、
黒人にしか表現できないフィーリングだと、
なんとなく思っていないだろうか。
それはジャズの生い立ちと歴史から考えれば当然で、
黒人とジャズとブルースが深く結びついていることからきていると思う。
僕の好み(好もしい偏見)からいえば、大福やまんじゅうは白あんより黒あんがいい。
ジャズも黒人がかもし出すブルースフィーリングの演奏が本物のような気がしている。
しかし、ジャズにおけるブルースはそのようなものだとしても、
ブルースはジャズにしかない、ジャズだけのものではないだろう。
じゃ、『ブルース』ってなんだろう。
これは僕の一人合点の考えなんだけど、
一言でいえば『悲哀』のような、重い・沈んだ・ひとかたまりの感情だと・・。
『全ての芸術家の魂といってもいいブルース』
そういうものがないと褪せることがないクラシックは生まれてこないとおもいます。

 

ギレリスのベートーヴェン「ピアノ・ソナタ」

ながら聴きしていて伝わってくる心地良さ。
そうした気持ちのいい音がいい音楽。
音符が読めない音楽愛好家が音楽に親しむ
気が置けない楽しみ方とはそうしたものだ。
何かを判断しなければならないといった分別は気が重い。
良否優劣を離れたところにある心地よさを楽しもう。
というわけで響いてきたのはギレリスのベートーヴェン。
「ピアノ・ソナタ」
一枚のCDに16・17・18の3曲が収収録されている。
その17番が心に響く。
抑制された感情だが冷たくも乾くこともないデリカシーを奏でる。
 

絃楽四重奏

絃楽四重奏の響きが俄に俄然面白く聞こえだした。
以前よりベートーヴェンは聴いていたのだが、
しばらく前にモーツアルトを聴いてから、
響きの感じ方が大きく変わった。
ベートーヴェンを主に聴いていたときは、
ある感情のかたまりとして捉えていたものが、
モーツアルトを面白いと感じ始めてからというもの、
その響きは呟き、ひとりごと、自己との対話を通し、
憂い嘆き、不安や希望、喜びと悲しみなど様々な心の内が
音楽として表現されているように思えてきた。
そんな感情の起伏の流れを四人が緊密な演奏で
ダイナミックに表現する音楽は聴いていてとてもスリリングだ。
その興奮が聴いていて面白いということだと思う。
あまりよく言えないのだけど大方そんな感じ。
そんなことを漠然と考えていたら、今朝の信毎に偶然にも、
小澤征爾さんが絃楽四重奏について語った記事があった。
「音楽の基礎で飾りがなく、作曲家の芯がでている」と。
作曲家の素顔といってもいいように思う。

ソフロニーツキィのピアノ

ソフロニーツキィはリヒテルから神様と称えられたピアニスト。
ウィキペディア参照
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%83%A9%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%9F%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%BD%E3%83%95%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%83%84%E3%82%AD%E3%83%BC

昔60年近く前東京にいた頃、家の近くに水神さんがあった。
雪谷高校が建つ以前、その近く品鶴線を挟んで反対側、
低地帶の窪地のようなところにその水神さんはあった。
入り口は一方で常緑樹が三方を囲んで陽を遮り、
いつ訪れてもひっそりとした静けさの中にあった。
突き当たりに小さな木造のお社があり、
ここが神聖な場所であることが子供心に伝わった。
ここから品川に向かって馬込、鶴見に向かって御嶽山、
両方向はなだらかな丘陵がうねり麦畑を形成していた。
春先はヤゴの姿が水中にあったのを憶えている。
ここがなにより好きだったのは湧き水が地中から噴出して
浅い水面に浮かんで波紋を次々に作っている光景だった。
こんなところはもうここにしかないと、当時も心のどこかで感じていた。
それから程なく、周囲に開発が迫り、
水が湧かなくなった水神さんは消えてしまった。

ソフロニーツキィのピアノを聴いていつも思うのは、
湧き水が如きなんと自然なピアノの音かということ。
ソフロニーツキィのタッチがピアノから出てくる音は、
湧き水が砂をゆらし水面にそれと分かる姿を盛り上げ、
波紋を広げるさまそのもののように感ぜられるのです。




サイトウキネンの大西順子

快演と満面の笑顔が戻った自信あふれる
サイトウキネンの大西順子を見てホッとした。
ウレシイじゃないですか、元気な大西さんのいい笑顔と
すばらしい演奏を見て聴いて楽しめたなんて。
心からおめでとう!よかったね、と喜び喝采した。
引退、えっホント・・なんで?
みんなそう思って心配していたからね。
これは間違いなく小澤さんの功績。
二人は日本が世界に誇るクラシックとジャズの才能。
元気でこれからもみんなを大いに楽しませてほしい。
大西さんガンバレ!
再放送の録画をDVDにコピーしてくれたOさんに感謝。

音楽とオーディオのバランス

僕は音楽が好きでオーディオにも関心と興味があるから
そのどちらも大切にしています。
どちらも深く、経験と共に自分にとって“何がよいか”
教えられ気づき少しずつ見えてくるのがたのしい。
音楽においては音の深さを感じることがなによりたのしい。
オーディオにおいては音の抜け具合がなにより心地いい。
両方を自分の分に有ったなかで自分の感性でたのしむ。
そして、オーディオと音楽を一体のものとして聴きたい。

昨夜はSPからEPそしてLPにいたるまで多くのコレクションを
お持ちのオーディオファイラーをお訪ねし、その一部を
聴かせていただきました。
そこで感じたのは、個人的に一人で聴くには、そのときどきの
気分に合わせて聴くものを選んで楽しめばいいのですが、
不特定多数の人たちと聴く音楽は、SPの歌謡曲にかぎる!
とは、その場全員の方の感想でした。
その雰囲気は圧倒的に共有する楽しみを持っていました。

いつかそのコレクションをお借りして、バドでSPやEPを楽しむ会を
やりましょうということでお開きになりました。
やりましょ、やりましょ。

マリア・ユーディナ(Maria Yudina)

マリア・ユーディナはロシアの女性ピアニスト。1899年9月9日~1970年11月19日
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%83%A4%E3%83%BB%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%8A (ウィキペディア)
この人のレコードを欲しいのだが、
少ない(良盤はさらに少ない)高いで入手できないでいる。
今回、16枚組のCDが発売されたので早速聴いてみた。
バッハ4枚、モーツァルト3枚、ベートーヴェン5枚、シューベルト2枚、ブラームス1枚、
ムソルグスキイ・チャイコフスキイ1枚、計16枚という構成。
すばらしい!バッハでは平均律がとてもいい(好きな曲だし)
晩年のゴールドベルグはしみじみと味わい深い演奏。
沈着冷静、軽く浮かない、真面目直向に弾いているのだが、
好きで楽しいといった感じが伝わってきて、
バッハは伸びやかでけっこう明るいように聞こえる。
鍛え抜かれたタッチ、曲想によって慎重に磨かれた
音の響きは次々と空間に放出され音楽となっていく。と、いった感じだ。
モーツァルトは14番のソナタは好きだな。
20番のコンチェルト第二楽章はゆっくりとしたテンポが印象的ですばらしい演奏。
実に11分44秒。ちなみにリヒテル10分18秒、ミケランジェリ9分35秒、ハスキル8分31秒。
23番のコンチェルトも同様ですばらしい。玉音が鏤められている。
さて、次はベートーヴェンだ。5,12,14,16,17,22,27,28,29,32番のソナタ10曲と、
4,5番のコンチェルト2曲が収録されている。ディアベリ変奏曲はない。
大いに残念なのは曲によってライブレコーディング録音が良くない。
しかしなんという個性、独特の個性。音が息をしている。
弾き手と音が一体になって息をしている息遣い音遣いが聞こえてくる。
歌っているように呟いているように。
ベートーヴェンの音符にユーディナの魂が宿っている。

ロシアの原石

何事も未知は人を引きつける。
未知だったロシアのピアニスト。
メロデヤというロシアのレコード。
未知が驚きと楽しみに変わり、
何人かのピアニストと何枚かのレコードが集まった。
VLADIMIR SOFRONITSKYもその一人。
そして最も好きになった一人。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%83%A9%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%9F%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%BD%E3%83%95%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%83%84%E3%82%AD%E3%83%BC(ウィキペディア)

僕はロシアのピアニストに関心をもつまで、その名を全く知らなかった。
ソフロニーツキィは一部の熱心な人にしか知られていなかった、
知る人ぞ知るピアニストといっていい。
メロデヤ以外、西側レーベルからのレコードはほとんど出ていないのだから。
しかし、メロデヤでは確か6枚組が10セット以上出ていたと思う。
かくもロシアでは別格の扱いになっている。
このようなピアニストは、メロデヤレコードの中では他に見当たらない。
西側で研磨されていない原石のようなピアニスト。
そんな想いで聴いている。

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