小布施のジャズ喫茶 BUD

♪日々好音の米蔵空間で薫り高い神戸萩原の炭火焙煎コーヒーを♪

音を聴く

音を聴く~テンペスト~

ベートーヴェンのピアノ・ソナタ17番「テンペスト」は好きな曲。
いくつもの演奏を聴いてみて、いいと思った自分好みのは、
リヒテルが1965年にライブで演奏したもの。
ところで、この曲はシェークスピアの「あらし」と関係あるらしい。
ベートーヴェンがそのような示唆をしたという。
読めばわかる、と (この曲のなんたるかは)。
後は各自の自由な解釈におまかせするとして、
僕としてはそんなことどうでもいいまま自由に聴いています。
さて、数ある弾き手の中でこれは「嵐」だ!という演奏があります。
1954年4月4日キエフでのライブ録音。
マリア・ユーディナの「テンペスト」は嵐そのもの。
風速60mのすさまじく激しい嵐です。
それは彼女が内に抱えている反骨精神が起こす嵐。
とてつもないエネルギーを放った、
全速力一気呵成の演奏です。
終わってみると、台風一過の解放された清々しさがありました。

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音を聴く~音モダチ~

今日は音モダチのMさんをお訪ねしました。
彼は音マニア、徹底した音マニアです。
僕のような音楽もオーディオも何もかも中途半端、
イイカゲンとは大違いです。
納得できるまで追究していく情熱家です。
お伺いする度に感心を超え圧倒される思いを禁じ得ません。
思うに、音マニアは音のプレゼンスを容赦ない鋭い耳で、
在るべき音か否かを判じ、あるべき音を求めてやまない人だと。
そこに使うエネルギーは一体どれほどか、Mさんに圧倒される所以です。
僕はある時点からオーディオに良い音をあまり求めなくなりました。
それというのも音楽を聴くときは、演奏者が曲にどれほどのものを感じて、
曲想にあった音で演奏しているかを想像しながら聴くようになったからです。

さて、圧倒的なプレゼンスとリアリティを追求していた
Mさんの気持ちに、今回少し変化がありました。
その方向とは、「浸透力」のある音だということです。
もっと自分の心に深く浸透する音だというのです。
この発想をもたらす契機になったトランスとスピーカーの
コンビが奏鳴する音を、今日は聴かせてもらいました。
そのコンビとはブラック&ブラック。
ブラックとはタンノイのブラックというスピーカー。
もう一つはウエスタンの208という黒塗りトランス。
オルトフォンのステップアップに使用しています。
タンノイのブラックはウエスタンの208を得て、
正に浸透力のある表現をするスピーカーとなり、
その真価を十分に発揮してうれしそうに鳴っていました。
50年代のモノラルレコードの持っている奥深い音と、
演奏者の素晴らしい音楽性が見事なまでに感じられました。

ウエスタン208 帯域の狭さなど問題としない芯のある深く澄んだ音
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タンノイ ブラック
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ステレオは機材の違う装置ですが、
英DECCA SXLの醸す音のたたずまいが美しく響いていました。
次回も楽しみです。


 

音を聴く~至福の時~

夕食後ひとり、誰憚ることなくスルメをかじり酒を呑む。
お相手は音楽。CDを一枚二枚・・三枚目で落ち着く。
いつもこんな感じで、今日決まったのはアルバン・ベルグの
モーツァルト「弦楽四重奏曲・K387」。
たゆたう弦の響きに目を閉じ耳を傾け、
目を開いて杯を引き寄せる。
切ない第三楽章、琴線をかき鳴らす音色と響き。
モーツァルトは何を想っていたのか。
好きな曲(=いい曲)はいろいろな演奏で聴いてみたくなる。
ブダペスト、ズスケ、バリリ、ジュリアード、アマデウス、イタリア、
微妙に異なる音色と響き。
今宵のお供はアルバン・ベルグだったけど、、。

ボソッと、やっぱりバリリかな。
酔いが回ってきたようです(o^^o)

音を聴く~ほとばしる~

春、雪融けが沢をほとばしる。
その縁に立てばなんと心躍るスリリングな光景であることか。
しぶきを上げ轟かしながらの様は変幻自在。

A NIGHT AT BIRDLANDの演奏を雪融けの光景と重ね聴いた。
1954年ハード・バップの幕開けとなった記念碑と呼ぶに相応しい演奏。
というのは後の評であって、ジャズマンはひたすら時代を疾走していただけだ。
WEE-DOTのドラミングを聴けば、ブレイキーは高らかにそう宣言して、
幕を切って落とすようなプレイをしているように聴こえてしまう。
センセーショナルなニュー・スター、クリフォード・ブラウンのブリリアントで
ほとばしるスリリングなプレイは熱狂的に迎えられ、
ハード・バップ・ジャズの魅力を余すことなく体現しています。
これぞジャズ最大の魅力でなくなんであろう。
奔流のごと時代を飲み込んだプレーヤーの演奏は、
今なお聴くものの心に感動を与え続けています。

音を聴く~音遍路~

音の鳴らし方は人によってみな違うようです。
持っている機材、聴きたい音楽、聴いている部屋はそれぞれ。
でもみな同じようにとっかえひっかえ首をひねりながら 試行錯誤している。
部屋は替えられずともスピーカーの位置や吸音材なども工夫する。
高品質の部品機材、レコード、CDなど変えれば当然音は変化する。
変化の意味を予測、期待して結果を聴くのは楽しいものだ。
そうやってみな自分の音を求めている。
オーディオはまさに求音道。
みなこの道に熱を上げお金を投じて悔いない。
ある意味この道は自分探しなの遍路なのかもしれません。

音を聴く~音と味~

音楽は心に響く音でなければ面白くない。
料理は体に響く味であれば最高です。
いい音といい味とは瞬間ピンとくるもの、
しびれるようなじーんとくる感覚がもたらす感動だと思っています。
ですが、そういうものでなければ音楽でも料理でもないと考えるのは滑稽です。
自分一人の感覚なんて人に自慢するものではありませんしね。
まして人間の感覚は変化し移ろうものですから、
今の感じがいつもでも面白く最高であるとの保障はありません。
要はその時々の感じ方を大切に大事にするということです。
たで食う虫も好き好きで、
人の食べる聴くも好き好き。
そういうものこそ自分の心にも体にも合ったいいもの。
自分にとって何がいい音かいい味か、
つまるところ大切なのは、
汝自身を知るということに尽きるようです。 

音を聴く~18番(オハコ)~

シューベルトの清く健やかな心根を写し取ったかのようなケンプのピアノ。
自信にあふれた、ためらいのない闊達な指さばきからは、
端正で衒いがない明朗な音が響く。
力強くも激せずデモーニッシュにならず、生き生きと歌の心を奏でる。
ケンプの心音はシューベルトの大地に根を下ろして共鳴している。
健康な穏やかさに満ちた安心感がそこにはある。
それはシューベルトが願い望んだ世界だったのではないだろうか。

「イヨーッ ケンプ!」
シューベルトはケンプの十八番だと肯く。

番外
ソナタ13番 D664
リヒテル イン ハンガリー ブダペスト 1978/8/10
この演奏は心に沁みました。


 

音を聴く~ときめき~

人は美しいものに出会うと心ときめく。
心の宝箱にそっと秘めてしまう人 。
会う人に素晴らしいと言わずにはいられない人。 
誰も美しいものと出会った感動から逃れられない。
ときめきは命そのものだから。 
マイルスのミュートが耳元で囁く。
ハッ・ドキッ!
美しい人に目が釘付けになる。
ハッ・ドキッ!
一瞬は永遠を刻む。
美しい幻影を残して。

一瞬は針を落とす度に突如として円盤から飛び出す。  

音を聴く~水を得て~

ピアノの音が水を得て水中を飛び跳ね回る。
曲が弾く人を得ると♪が蝶々のように生き生き舞います。
スクリャービンの曲をソフロニツキーが弾くと、
指先から音は軽々と無限夢想の宙を行き交う。
見えない音を追いながら、目を閉じ耳を澄まし、
星の煌めくような音の世界で遊びましょう。

音を聴く~ロシアの音~

ソフロニツキーが同郷の、例えばボロディンやラフマニノフの曲を弾くと、
ロシア人同士が共鳴しているかのような、まさにこれぞロシアだと、
そう感じてしまうような音が鳴り響いて聞こえてきます。
それは遙か彼方の見たこともない大地の空気が、
ここにある空につながって届いているかのようです。
ラフマニノフのつぶやきが聞こえてくることもあれば、
空に舞い上がり木霊になって帰ってくることもあります。 
ソフロニツキーの音は重く深く沈み、太く明確で力強い説得力があります。
ロシアの大地を踏みしめ、大きく息を吐いて、
ラフマニノフと心の起伏を歩んでいるかのようにも聞こえます。
繰り返し聴きたくなる味わい深い音です。
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