小布施のジャズ喫茶 BUD

♪日々好音の米蔵空間で薫り高い神戸萩原の炭火焙煎コーヒーを♪

音を聴く

音を聴く~至福の時~

夕食後ひとり、誰憚ることなくスルメをかじり酒を呑む。
お相手は音楽。CDを一枚二枚・・三枚目で落ち着く。
いつもこんな感じで、今日決まったのはアルバン・ベルグの
モーツァルト「弦楽四重奏曲・K387」。
たゆたう弦の響きに目を閉じ耳を傾け、
目を開いて杯を引き寄せる。
切ない第三楽章、琴線をかき鳴らす音色と響き。
モーツァルトは何を想っていたのか。
好きな曲(=いい曲)はいろいろな演奏で聴いてみたくなる。
ブダペスト、ズスケ、バリリ、ジュリアード、アマデウス、イタリア、
微妙に異なる音色と響き。
今宵のお供はアルバン・ベルグだったけど、、。

ボソッと、やっぱりバリリかな。
酔いが回ってきたようです(o^^o)

音を聴く~ほとばしる~

春、雪融けが沢をほとばしる。
その縁に立てばなんと心躍るスリリングな光景であることか。
しぶきを上げ轟かしながらの様は変幻自在。

A NIGHT AT BIRDLANDの演奏を雪融けの光景と重ね聴いた。
1954年ハード・バップの幕開けとなった記念碑と呼ぶに相応しい演奏。
というのは後の評であって、ジャズマンはひたすら時代を疾走していただけだ。
WEE-DOTのドラミングを聴けば、ブレイキーは高らかにそう宣言して、
幕を切って落とすようなプレイをしているように聴こえてしまう。
センセーショナルなニュー・スター、クリフォード・ブラウンのブリリアントで
ほとばしるスリリングなプレイは熱狂的に迎えられ、
ハード・バップ・ジャズの魅力を余すことなく体現しています。
これぞジャズ最大の魅力でなくなんであろう。
奔流のごと時代を飲み込んだプレーヤーの演奏は、
今なお聴くものの心に感動を与え続けています。

音を聴く~音遍路~

音の鳴らし方は人によってみな違うようです。
持っている機材、聴きたい音楽、聴いている部屋はそれぞれ。
でもみな同じようにとっかえひっかえ首をひねりながら 試行錯誤している。
部屋は替えられずともスピーカーの位置や吸音材なども工夫する。
高品質の部品機材、レコード、CDなど変えれば当然音は変化する。
変化の意味を予測、期待して結果を聴くのは楽しいものだ。
そうやってみな自分の音を求めている。
オーディオはまさに求音道。
みなこの道に熱を上げお金を投じて悔いない。
ある意味この道は自分探しなの遍路なのかもしれません。

音を聴く~音と味~

音楽は心に響く音でなければ面白くない。
料理は体に響く味であれば最高です。
いい音といい味とは瞬間ピンとくるもの、
しびれるようなじーんとくる感覚がもたらす感動だと思っています。
ですが、そういうものでなければ音楽でも料理でもないと考えるのは滑稽です。
自分一人の感覚なんて人に自慢するものではありませんしね。
まして人間の感覚は変化し移ろうものですから、
今の感じがいつもでも面白く最高であるとの保障はありません。
要はその時々の感じ方を大切に大事にするということです。
たで食う虫も好き好きで、
人の食べる聴くも好き好き。
そういうものこそ自分の心にも体にも合ったいいもの。
自分にとって何がいい音かいい味か、
つまるところ大切なのは、
汝自身を知るということに尽きるようです。 

音を聴く~18番(オハコ)~

シューベルトの清く健やかな心根を写し取ったかのようなケンプのピアノ。
自信にあふれた、ためらいのない闊達な指さばきからは、
端正で衒いがない明朗な音が響く。
力強くも激せずデモーニッシュにならず、生き生きと歌の心を奏でる。
ケンプの心音はシューベルトの大地に根を下ろして共鳴している。
健康な穏やかさに満ちた安心感がそこにはある。
それはシューベルトが願い望んだ世界だったのではないだろうか。

「イヨーッ ケンプ!」
シューベルトはケンプの十八番だと肯く。

番外
ソナタ13番 D664
リヒテル イン ハンガリー ブダペスト 1978/8/10
この演奏は心に沁みました。


 

音を聴く~ときめき~

人は美しいものに出会うと心ときめく。
心の宝箱にそっと秘めてしまう人 。
会う人に素晴らしいと言わずにはいられない人。 
誰も美しいものと出会った感動から逃れられない。
ときめきは命そのものだから。 
マイルスのミュートが耳元で囁く。
ハッ・ドキッ!
美しい人に目が釘付けになる。
ハッ・ドキッ!
一瞬は永遠を刻む。
美しい幻影を残して。

一瞬は針を落とす度に突如として円盤から飛び出す。  

音を聴く~水を得て~

ピアノの音が水を得て水中を飛び跳ね回る。
曲が弾く人を得ると♪が蝶々のように生き生き舞います。
スクリャービンの曲をソフロニツキーが弾くと、
指先から音は軽々と無限夢想の宙を行き交う。
見えない音を追いながら、目を閉じ耳を澄まし、
星の煌めくような音の世界で遊びましょう。

音を聴く~ロシアの音~

ソフロニツキーが同郷の、例えばボロディンやラフマニノフの曲を弾くと、
ロシア人同士が共鳴しているかのような、まさにこれぞロシアだと、
そう感じてしまうような音が鳴り響いて聞こえてきます。
それは遙か彼方の見たこともない大地の空気が、
ここにある空につながって届いているかのようです。
ラフマニノフのつぶやきが聞こえてくることもあれば、
空に舞い上がり木霊になって帰ってくることもあります。 
ソフロニツキーの音は重く深く沈み、太く明確で力強い説得力があります。
ロシアの大地を踏みしめ、大きく息を吐いて、
ラフマニノフと心の起伏を歩んでいるかのようにも聞こえます。
繰り返し聴きたくなる味わい深い音です。

音を聴く~眠れぬ夜に~

病気がちでよく不眠に陥ったカイザーリング伯爵は、
眠れない晩に少しは元気づけられそうな、
穏やかで、いくらか陽気な調子のクラヴィーア曲を幾つか、
ゴルトベルグ(お付きのクラヴィア奏者)のために作って欲しいとバッハに洩らした。
こうして生まれた「ゴルトベルグ変奏曲」を、眠られぬ夜が来ると、
「ゴルトベルグ君、ひとつ私の変奏曲を弾いてくれ」と伯爵は命じた。
フォルケル著「バッハの生涯と芸術」に「ゴルトベルグ変奏曲」
誕生の経緯がこのようなものであったと記されています。
沈んだ気持ちを明るくし眠りにつける子守歌のように穏やかな曲。
そうしたイメージでこの曲をあらためて聴いてみるのも面白いと思い、
何人かの「ゴルトベルグ変奏曲」をピアノ演奏で聴いてみました。
演奏者は等しくこうした曲想を描いて演奏しているものと思うのですが、
やはり各人各様で弾いた人の数の「ゴルトベルグ変奏曲」がありました。
ケンプはちょっと変わってゆるい。
野平さんは進むとうるささが気になってしまう。
チューレックは出だしが母の子守歌のようでいいのだが単調になる。
ユーディナは芸術作品としては素晴らしい演奏。
グールドは新旧ともチャーミング。
あとはニコラーエワを聴いてみます。
ニコラーエワはおばあちゃんの子守歌。
穏やかでやすらぎに満ちたゴルトベルグです。



 
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