小布施のジャズ喫茶 BUD

♪日々好音の米蔵空間で薫り高い神戸萩原の炭火焙煎コーヒーを♪

文を読む

音を聴く「音楽の力」とは

音楽は多少の思い出を残しながら消えていく。
強い感動さえ時がたてば薄れていく。
僕、あるいは人は音楽になにを求めているのだろうか。

たまたま今読んでいる本にこんな文章がありました。
岡田暁生著「クラシック音楽とは何か」
『日常への定住を拒む力-これこそ音楽が私たちに与える希望の力の源泉だと思う。
旅は今も昔も危うい。何が起きるかわからない。危険に満ちている。 
もし怖い目に遭うのが嫌であるなら、旅になど出ず、家の中でじっとしていればいい。
しかし家にこもってばかりいて、外の世界が消滅した日常の中で惰眠をむさぼっている者に、
「希望」はないであろう。自分が住む世界の「外」を見てみたいと思うことこそ「夢」であり、
あちらにあるのがここよりもよい世界であるかもしれないと考えることが「希望」であるとするなら、
翻ってこちらの世界を少しでもよいものにしようとすることは日々の生の活力にもつながるであろう。
音楽に-昨今流行の言い方をすれば-「癒やす」力があるとすれば、それはこのような意味においてである。家にいながらにして、まるで安楽椅子に寝そべり、受け身でマッサージを受けるようにして音楽に耳を傾ける者に、決して音楽が本来持っている「癒やす力」は与えられないと私は確信している。』

力強い言葉です。
ですが僕は「寝そべりながら派」なので、 
力を抜いて次へと読み進みました。
もちろん外の空気を吸いにいく旅は好きです。
それもできるだけ安全で景色が良く美味しいものがあるところへです。

じゃああんたはナンデ音楽聴いているのと聞かれれば、
受け身で時間から逃避している、というほかありません。 
無為の時間から心を守る隠れ家の役割を担っているとも言えます。
人は本能的に無為を避けたがりますからね。
だから無為を避ける行為に人は走る。
パチンコ、テレビ、そして音楽もまた。
これらはみな時間を忘れさせる伴走者なのだと思う。

となれば音楽とは、日常を安定させるものだと思うのです。
 

文を読む「六字」

「六字」とは「南無阿弥陀仏」
柳 宗悦著「南無阿弥陀仏」

日常、宗教に無縁な生活を送っている自分にとって、
最も身近かな宗教的言葉は「南無阿弥陀仏」
その実中味は知らずに過ごしてきた。
それこそ宗教とは無縁の人生。
それで何の不都合もなく生活できている。
世に宗教の本はあふれているけれど、
何の為なのか必要を認めず通り過ぎてきた。 
教養のための宗教的知識にも興味はなかった。
それが何故に「南無阿弥陀仏」を読むに至ったか、
自分でもよくわからない。
柳の文章はわかりやすく読みやすい。
かと言って文は宗教的体験のない自分の外側にある、
知識以上のものでないのも事実。
ただ、仏性というものは生きとしいけるもの全てに存し、
生まれ出ずる由縁とも、死して帰るところ でもある。
と、いうことが会得されるような気持ちになった。
それは自分の体を作っている60兆ともいわれる細胞中の
遺伝子の 中に、仏が備わっているというイメージにつながる 。
読み進んでここまでは知識の延長だったが、
18章仮名法語に至って、『一遍上人語録』に載せてある消息文の一つ。
その言葉に教文として初めて心引かれるものを覚えた。
以下に引くこの言葉は自分の内側のものとして共に歩めそうだと。
 空んじて 口遊みたい。

「夫れ、念仏の行者用心のこと、示すべき由承り候。
南無阿弥陀仏と申す外さらに用心もなく、この外にまた示すべき安心もなし。
諸々の智者達の様々に立てをかるる法要どもの侍るも、皆諸惑に対したる仮初めの要文なり。
されば念仏の行者は、かような事をも打ち捨てて念仏すべし。
むかし、空也上人へ、ある人、念仏はいかが申すべきやと問いければ、
「捨ててこそ」とばかりにて、なにとも仰せられずと、
西行法師の『選集抄』に載せられたり。これ誠に金言なり。
念仏の行者は智慧をも愚痴をも捨て、善悪の境界をも捨て、貴賤高下の道理をも捨て、
地獄をおそるる心をも捨て、極楽を願う心をも捨て、また諸宗の悟りをも捨て、
一切の事を捨てて申す念仏こそ、弥陀超世の本願には、かなひ候へ。
かように打ち上げ打ち上げ、唱ふれば、仏もなく我もなく、ましてこの内に兎角の道理もなし。
 善悪の境界皆浄土なり。外に求むべからず。厭ふべからず。
よろづ生きとし生けるもの、山河草木、吹く風、立つ浪の音までも、
念仏ならずといふことなし。人ばかり超世の願に預かるにあらず。
またかくの如く愚老が申す事も意得にくく候はば、意得にくきにまかせて、
愚老が申す事をも打ち捨て、何ともかともあてがひはからずして、本願に任せて念仏し給うべし。
念仏は安心して申すも、安心せず申すも、他力超世の本願にたがふ事なし。
 弥陀の本願には欠けたる事もなく、余れる事もなし。この外にさのみ何事をか用心して申すべき。
ただ愚なる者の心に立ち返りて念仏し給うべし。南無阿弥陀仏。  一遍」。



 

文を読む~聴けばわかる~

チンさんこと鈴木良雄さんがジャズの本を出しました。
タモリが付けた帯のタイトルは“聴けばわかる” 
タモリさんはジャズに解説はいらない派?
そのタモリさん、チンさんの言っていることは“聴けばわかる“ と。

チンさんのベースは“ブン ”と鳴った瞬間、ジャズの音がする。
音楽にはジャンル固有の音があると思う。 
チンさんの音は天性だと思う。習って出せる音ではない。
そんなジャズの音を出せる穐吉敏子さんの音は暗めだが、
チンさんの音は明るい。

さて、選ばれた55枚のアルバムにコメントしたその内容は、
プレイヤーにしてコンポーザーであるチンさんらしく、
素人には気がつかないプロの耳と音楽理論で、
聴き所ポイントをヒョイと掬ったようにわかりやすく教えてくれる。
首をひねるようなヒネッタことはひとつも言っていない書いていない。
それで“へーそうなんだ”と。
これって言うは易いけど本当に難しい。
随所にチンさんの感性と、これまた天性の優しさが織りなす
ジャズ愛に満ちた一冊です。

『人生が変わる55のジャズ名盤入門』 鈴木良雄著
竹書房新書041 1000円
2016年2月11日刊
 
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