もちろんドキドキ・パウエルなんていう名の人はいません。
バド・パウエルの演奏を聴いてドキドキする人は多いと思うので、
ちょっと遊んでみました。
僕もバドが演奏するピアノの音にドキドキしながら聴いています。
なんと言っても一音一音が大変力強くインパクトがあります。
ピアノという楽器が、持っている能力のすべてを出し切って鳴っている。
この圧倒的な音の波動が耳に届いた瞬間、
ウワッ、スゲエ、ドキドキ!と、なるのであります。
しかも天啓を得た感情表現は何人の胸にもスッと落ちていき、
雑な感を呼び起こしません。
バドが天才と言われる所以はは正にここにあるわけです。

そしてなにより引かれるのは、発する音が娯楽の域を超え、
過去から未来へと続くであろう人間の存在と共のある、ということです。
バド・パウエルはジャズという形式の音楽を通して、
時間を超えた人間の存在を発信しているともいえます。

バドは生涯、不安定な精神状態の中に身を置いていました。
それは絶え間なくガスが流れ、時に晴れる気象のようで、
その時々の状態が演奏の出来不出来を左右しました。
それによってレコードの優劣が生じるのは仕方のないことです。
熱烈な特別のファン、研究者や評論家は別として、
我々一般のジャズファンは、心身ともに体調が良い状態で演奏した
レコードを聴いて楽しめばいいのではないでしょうか。 
手元にあるディスコグラフィによる初録音は1944、1、4、
ラストレコーディングは1965年です。
20歳から41歳まで20年間がレコーディング活動期間になります。
20年を通して、霧深き谷底に伏しているときもあれば、
青空に雄々しくそそり立つ岩峰のように逞しく繊細で、
ドキドキする演奏もあるということです。

と、いうことでよく聴くレコード2枚と、
粟村政昭氏の一文を紹介させてもらいます。
演奏の聴きどころはと問われたら、
それは優れた芸術が持っている時間を超えた「美」だと思います。
また、芸術や音楽とは何かと考えてみると、
健康な心と精神的安定に深く関わっているだと気がつきます。

レコードのタイトルは双方とも「BUD POWELL'S MOODS」ですが、
中身が違っています。
こちらは1954年6月にベース:パーシー・ヒース、ドラムス:アート・テイラーで8曲
1955年1月にベース:ロイド・トロットマン、ドラムス:アート・ブレイキーで3曲
IMG_0011

IMG_0012

IMG_0013

こちらは1951年2月の録音でソロが8曲
1950年6月にベース:レイ・ブラウン、ドラムス:バディ・リッチで2曲
IMG_0014

IMG_0015

IMG_0016

「混沌たる美と幻覚の世界の深淵を何度か浮き沈みした挙げ句、
一代の天才児バッド・パウエルは永遠に我々の前から姿を消してしまった。
天才と狂人は紙一重ーという諺を文字通り一身に具現していた感があった彼は、
この世の俗字とは相容れぬ俗事とは相容れぬ病める
ミューズの化身であったのかもしれない。
全盛時代の素晴らしさについてはこれまでにも幾度か語られてきているが、
アップテンポにおける恐ろしいほどのヴァイタリティもさることながら、
モダン・ジャズにおけるスロー・バラードを彼ほど魅力あるものに
昇華し得たピアニストは空前絶後であったろう」
粟村政昭著「ジャズ・レコード・ブック」より