ロシアのメロディアのレコードでブゾーニを聴きました。
演奏と復刻の音とが共に大変素晴らしい。
1915年の録音とはとても思えない音で、
SP原盤の状態が良かったのだと思います。

イギリスのニンバスで1910年頃録音した復刻CDを聴いた時も、
その音質の良さにびっくりしました。
レコードの音は劣化していないタイムカプセルなんですね。
人間の感性とデジタル技術で100年前の録音は、古臭さなど微塵にもなく、
当時の音楽がいかに素晴らしいかを今に蘇生しています。

古いクラシックレコードの保存に関して想像するに、良い復刻が出てくる背景には、
欧米の資産家や公的機関のライブラリーが充実しているのと、
国民全体の音楽愛が盛んで、質の良い復刻を望む声が大きいからだと思います。

録音の新旧を超え、演奏が始まった途端に、
ハッとして耳を持っていかれることがあります。
音の良し悪しを超えて響いてくる音で、琴線に触れ精神性を感じます。
人によって違うので、同じ演奏から受ける感じ方を共有できるとは限りませんが、
それは誰も自分にとってはかけがえのない演奏です。

今聴いている演奏はとりあえず聴いている。
聴いたことがない演奏家の演奏を聴いている。
どうしても聴きたいという前に、一応聴いてみる。
新しい喜びと発見があるかもしれないという期待を持って聴く。
そのようにして聴きたいと思った演奏はとにかく聴いてみる。
良いか良くないかは、なかなか一回の印象だけでは良さがわからないことがあります。
だから、新旧とり混ぜできるだけ多く聴くようにしています。

音楽は一期一会だから、「when you hear music,after it’s over,it’s gone in the air ,you can never capture again 」
と、演奏が終わってサラリとスピーチしたドルフィーの言葉に集約されています。
音楽を聴く醍醐味や面白さはその辺にあるのでしょうが、
繰り返し聴いてもその度に新しい演奏は、真に素晴らしい音楽だと思います。

良い演奏は何回でも聴くたびに新しい。
それはお前さんのような絶対音感もなければ記憶力の悪いやつの言うことだよ。
なんて横槍が入っても気にしない気にしない。
ない故に楽しめるなら、ないことを甘受します。